2011年4月27日水曜日

イースター休暇・ライデン(Leiden)訪問記

全くもって頭になかったイースター休暇。
4月25日が祝日であるのを知ったのはその1週間前。
「のんびりダラダラと家で過ごすか!」なんて思って、妻に話すと
「せっかくの連休だしどっかに行きたい。」ということになり、急遽計画立案。。。

そんな矢先に思い出したのがオランダにあるチューリップのきれいな
Keukeohofという庭園。1年の内でも4月から5月までの1ヶ月しか開いてないという
触れ込みにも負け、行ってみる事にしました。

しかしながら長距離運転があまり好きではない自分。
Keukehofの開園は8時からという事で朝一から行こうとすると
ブリュッセル出発は6時頃。こりゃたまらんという事で近場で前泊して
目指す事にしました。で、前泊の場所として選んだのがライデン(Leiden)です。

ブリュッセルから高速を使って2時間程かけて、13時頃ライデン到着。
まずはホテルに行って、駐車場を早々と押さえ市内散策へ出かける。
ちなみに今回泊まったホテルはその名も


『Golden Tulip Leiden Center』
この時点から翌日のKeukenhof訪問に向けていやが上にもテンションあがりました。
と言っても普通のホテルでしたが。。。

まずは市内にある風車をパチリ。

運河に風車とまさに典型的な『オランダ』そのものです。
まずは民族学博物館へ。ここには宗主国の関係か
インドネシアの文化遺産が展示されているという事で訪問。

ヒンズー教の神様であるガネーシャの石像や
当時の交易ルートの地図がありました。

ちなみにこの地図はオランダの影響を中心に作られているためか、香港・シンガポールといった
現在非常に発展している都市の名前が無く、その点がなかなか興味深かったです。

その次は日本にゆかりのあるシーボルトハウスに向かう。
途中これまた如何にもオランダらしい跳ね橋を渡って向かう。
ちなみに植民地だった関係でインドネシア・ジャカルタにも跳ね橋が残ってますが
あちらの場合は橋の下はドブ川状態。一度妻と行きましたがその際は強烈な臭いでした。


本場の跳ね橋はそんなことはなく、橋の下をボートが行き交ってました。


その後に行ったシーボルトハウス。
窓口のお姉さん自ら日本語が達者な方でパンフレットも日本語のものがありました。


シーボルトが長崎・出島に滞在していた頃に飼っていた愛犬(名前はさくら)の剥製や


江戸時代に作成された文字通り、当時の『日本の歩き方』みたいなものもありました。
ちょうど近畿地方のページが見えるようになってたので写真に収めてきました。
くらがり峠に淀、歌姫など馴染みのある地名の数々にちょっと興奮です。

ササーッと展示物を見た後に地下にある休憩コーナーでコーヒー飲んでしばし休憩。(無料です。)

裏庭にあるシーボルトの胸像を写真に収め、


日本語のガイドブックを購入。約7ユーロ
(ちなみにこのガイドブックはその日の内に読み切りました。)
このシーボルトさんですが一度は国外追放の処分を受けるわけですが、(いわゆるシーボルト事件)
その約30年後に追放処分が解かれ、再度日本に戻ってきていたとは知りませんでした。
また日本人女性との間に生まれた娘が日本最初の女医だったとも知りませんでした。
以前九州で走っていた『特急シーボルト』位しか知らなかった見識の無さを痛感です。
これを機に機会があれば吉村昭著の『ふぉん・しいほるとの娘』も読んでみようか、
そんな事を思いながら博物館を後にしました。
ちなみにこのシーボルトハウス、館内は段差が多く、ベビーカー持ちの身には辛かったです。

その後、ホテルに向かっているとちょうど移動式遊園地のような場所を発見。


妻が長女をメリーゴーランドに乗せている間、私は周囲を散策。
その中で気になったのがこのイラスト。


真ん中の男性はおそらくジェームス・ボンドだと思われ、その影響か横には美女もいる。
とここまでは良いんですが、そうなると右側にいる葉巻を持った男性が誰なのか想像つかず。。。
何とも謎なイラストでした。

遊園地を後にして、再度ホテルへ向かう。その途中でインドネシア惣菜店を見つけ、
そこで夕食とった後、ホテルへ到着。歩き通しで疲れてましたが勢いで
ホテル近くのライデン中央駅に一人撮り鉄しに向かう。


が、何とホーム上がって3枚撮ったところでカメラ(携帯)の充電切れ。
結局止む無くホテルへ戻り、この日終了です。(以下、続く)